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過去




 目の前の髭をはやしたかれは同じ夏はめぐらない、とギネスを飲みながらフィッシュアンドチップスをつまみ、センチメンタルなことをいった。久しぶりに再会したこの男は、私がしっているときと変わらない学生の身分のままだ。遊びなれた様子で、始めての店でも臆せず堂々としている。うす暗い飲み屋、油のにおい、床に敷かれたフェルトのカーペットのうえにブーツをなげだし、硬い木の椅子に深く腰かけている。夏からはほど遠い場所、半地下になった部屋の高い窓から見える裏通りには、みぞれが降っている。季節はもう冬だった。
「そうね」
 と適当な相槌をうってから自分のグラスを傾ける。喉をおちていくギネスの味に誘われて、昔を思いかえす。ふっと鼻の奥によみがえる乾いた野草の生ぐささ、肌に刺さる枯れ草の痛み、さわられた箇所から火がついたように熱くなり、呼吸もままならない――
 ぼんやりとした視界のなかで髭の男は、さきほどのせりふなど忘れたように酒をのんで陽気そうにしている。太い指がパイントグラスをつかんで、口元に運んでいく。やわらかそうな指、利き腕の人差指には硬そうなペンダコがある。なにを思い、同じ夏は来ない、といったのかは分からない。全身の不快感とうだるような熱気、汗のにおいに混じる自分のこもったような体臭、むせかえるような空気のなかで全身をゆすられる。皮膚も内臓も傷だらけになる。私が見あげたさきの顔は濃い太陽の光をさえぎって、墨のように黒くぬり潰されている。髭をはやした目の前の男はフライドポテトをケチャップのなかにたっぷりと浸けてから、煙草の脂で茶色くなった歯で噛みしめる。追うようにしてギネスを飲むと、
「さいきん、何をしているの?」
「働いている」
「結婚しないの?」
「だから?」
 入り口の扉がひらき、冷たい風とともに一人の男が入ってくる。黒いコートを入り口のあたりで脱いで、小脇にかかえる。グレイのスーツを着た男は赤い頬をさすり、一息つくとカウンターの席に腰かけた。すらりと背の高く、髪を短く刈りこんでいる。バーテンと一言二言かわすと、じっと動かなくなる。
 腕時計をちらりと見て、帰るべき時間なのを確かめる。目の前の髭の男はまだ帰るつもりはないらしく、次の注文を考えてメニューをながめている。私は自分の鞄をひきよせ、立ちあがる。
「帰るね」
 と告げると、かれは不服そうに眉をひそめて、
「もう少しつきあってよ」
「明日、早いから。働いているって、さっきいったでしょ」
 かれは肩をすくめ、メニューをテーブルに戻した。名残惜しそうに席をたって、上着を着て鞄を手にする。さきに飲み屋からでて、外の冷たい空気をすいこむ。鼻の奥にのこっているアルコールのにおいが洗われるような感覚、火照った頬にみぞれまじりの風が心地よい。傘をさす。背後で扉のひらく音がし、横にかれがのっそりと立つ、背の高さは昔と変わらない、私より頭一個高く、見あげなければ顔がみえない。その顔が私のほうに向けられて、寒い、寒い、と囁いてくる。ものほしそうに差しだされた手を一瞥して、私は駅に向かって歩きだす。
 みぞれのせいもあって、人通りがほとんどない。かれが黙って後ろをついてくる足音がする。吐きだす息が白くなり、途切れがちに後ろにながれていく。始終無言のまま駅につき、別れ際、かれは何かをいおうとしたけれども微笑んだだけで、何もいわなかった。
 酔客の口臭で酒臭い電車にゆられる。ドアのそばに立って、じっと鏡のようになった窓をみつめる。化粧を落せば、濃い隈が目元にできている。目のはしが赤くなっている。それに気づくと眠気が鎌首をもたげてきて、泥のようにこびりついた酔いと混じりあう。電車の揺れに二個は攪拌され、頭のなかに広がっていく。早く家にかえりたい。
 降車駅で、人波にもまれながら電車をおりた。
 駅から家までは歩いて五分ほど、シャッターの下りた商店街を競争するようにあるくサラリーマンの姿がある。みぞれはいまだにやまず、アスファルトを少しずつ白くそめている。傘をさす。しゃりと氷を踏みつぶす音をたてながら歩いていく。
 近くに大学がある。そのせいで遅くまでやっている喫茶店がある。私の暮らしている部屋は表通りから一歩はいったところにある。路地のうらにその喫茶店はあって、身を縮めて早足になっていると、温かなオレンジ色の光、コーヒーのこうばしい匂いに誘われる。一瞬間足をとめた。曇った窓の向うには人の気配がしている。眠い、と一歩帰り道をいそぐ。腕時計をみる、昔はまだ眠くもなかった時間だ。大学に通うために住んでいたのとは違う町で、それでも同じように大学生相手の喫茶店がある。あの喫茶店のなかで仲間相手におしゃべりをしながら、お菓子をたべ、コーヒーを飲んでいるのは大学生か、それともフリーターか。同じ冬はめぐらない、と声にだすと、そのことばは白く凍りついて寒い冬の空に砕けるようにして消えた。

とかげ

 太陽が照りつける庭のあおい芝生のうえで少女が犬のように這いまわっている。かの女は目ざとく物干し台のちかくに隠れた蜥蜴を見つけだすと、飛びこんで、たたきつぶし、肚をさいて、痙攣している内蔵をおどりぐいにした。嚥下にあわせて喉がうごくたび、首枷から伸びる鎖がじゃらりじゃらり音をたてる。少女は一匹の蜥蜴の内臓では満足できず、つぎの蜥蜴をさがして目を皿のようにする。そのほそい顎をのばし、四つんばいで、しなやかな手足を緊張させる。少女が視界につぎの蜥蜴をとらえた瞬間、かの女をつないでいる鎖がひかれ、かの女は家のなかに引きずられていく。
 家のなかは足の踏み場がないほどゴミであふれていた。昔はきれいに飾られていたリビングには埃がつもり、中心に白骨化した死体がある。骨盤の形状から女とわかる。コンビニ弁当の空や、中身の半分のこったペットボトルであったり、干からびた野菜がある。腐臭のただよい、すべてがくすんだ色をしている屑物のなかで、白骨の白さだけが磨きぬかれた宝石のように美しい。少女は白骨死体のそばのソファに押しつけられると、服を脱がされて、乱暴に犯された。少女はとくにそれを苦痛とはおもわず、けれど楽しんでもいない、払うことのできない蚊に体中を刺されているようで、むずがゆさに気が狂いそうになるだけだった。紙くずのように少女は放擲されると、ソファのうえで身体を丸めたまま、白骨死体をじっと見つめる。死体のまわりには屑物がなく、扱いは少女よりも丁重にされていた。日に何度も磨かれて、垢や体液で汚れきったかの女よりも清潔だった。
 少女は呼吸がおさまるとゴミにうもれた服を拾いあつめてきて着こむ。寒いから着るのであって、身体を隠すためではない。ぼんやりと、少女は窓から差しこむ光が舞いあがった埃のかずかずを照らして、きらきらと輝くのをきれいとながめる。ゆらゆらと空気中を遊泳している光の粒を追っていくうち、空腹で全身の筋肉が強張ってくる。外にでて蜥蜴を食べようにも首からつながれた鎖の長さがたりず、外にでることは叶わない。
 じん、と音が胎内でする。内蔵のうごめく感覚、自分の意思と裏腹に内臓がひっくりかえる苦痛に少女は戸惑いながらも、慌ててソファから腰をおろして、なるべく白骨の死体から遠ざかる。以前に、ちかくで零したとき酷く殴られた記憶があった。少女はゴミのたかく積もっているところに腰をおしこんで、じっとした。逆流するような痛みは断続的で、しかし、痛みがないからといって安心はできない。じんわりと生温かい感触が自分の臀のあたりから広がっていくのを感じる。数日はここから動けない。動かされることもない。かの女は始まると構ってもらえず、放置され、ごみと一緒にされた。
 少女は頭痛に耐えているうちに寝入っていて、気づくと夜になっていた。腰のあたりが冷たく濡れていて、居心地がわるい。身じろごうと腰の位置をずらすと、白骨死体を愛しそうになでている姿が視界にはいる。
 少女は乱暴な感情が身内にわきあがるのを、そのとき始めて意識した。
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sadistictorism

使用者:sadistictorism
 
 肥大化した自意識で糖尿病にかかっちまえ!

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