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モンキー天使




 視界の先の消失点からアレはやってきた。猫の足の形をした天使は、モンキースパナをふりまわしている。そういう天使が消失点の向こうからやって来て、ぼくに膝を折るように強要する。
 死ね、死ね、死ね、と、舌打ちしながら妹の大事にしていたリカちゃん人形を石で叩いて、砂場に埋めた。最近は雑菌だとか猫が死んでるとかで見なくなった砂場に、幼いころのぼくはリカちゃん人形を埋めてしまい、お母さんにこっぴどく叱られたのだ。
――それで、あなたはマザコンなんだ。
 と人生で始めて付き合った女の子に言われた。彼女は、猫の足の形をした天使の信奉者で、だんだんとお金や身もその奇っ怪な天使に捧げるようになった。ぼくの財布からお金を抜き取るように――かつて、ぼくが母親の財布からお金を盗んでいたように――なると、ぼくと彼女との関係は急激に悪化した。
「そんないもしないものを信じるなんて、お前は騙されているんだ」
「見えるものしか信じないなんて、あなたはつまらない人間ね」
 彼女は封筒に脱ぎたてのパンツをいれながら答えて、
「なにしてるんだ」
「高く買ってくれるのよ。そのお金で、天使様にお布施しないといけない。今月中に×万円喜捨しないと、次の階級にあがれないから」
 ぼくは、もう無理だと思った。こんなの無理にきまっている、付き合っていけるわけがない、と、だから、ぼくはもう彼女からメールが来ても返信しなかったし、電話もでなかった。そうしているとだんだんと疎遠になって、気づくとぼくの生活から彼女の気配は消えていった。それでも、ぽっかりと空いた穴のような感覚がのこり、その空疎によって彼女のことを考えない日はなかった。ひと月ふた月と過ぎていくと記憶は薄れていき、そもそもの穴は穴のまま感じられなくなっていった。
 砂場に埋めたリカちゃん人形を思いだして妹が泣いたのは、最初のうちで次第に悲しまなくなり、新しい代替品を与えられるともう思いだして泣くこともなかったように、ぼくもまた新しい恋人ができると、もう猫の足の形をした天使に心酔していた彼女のことなんて思いださない。
「死ね! 死ね! 死ね!」
 消失点の先から現れた彼女の空想だと思っていた天使は、モンキースパナを振るいながら、ぼくの恋人の頭を殴った。死ね、死ね、死ね、と舌打ちしながら何度もなんども頭の形が歪み、顔が分からなくなるまで。そして、忘れていた彼女が、ぼくの前に表れて、砂まみれで砕けたリカちゃん人形を手にして、
「あたしのこと好きかしら?」
 と言った。

おもいこみの淫魔

 小さな羽虫のようなそれがフラフラと空を飛んでいたが、やがて力つきたように食べのこしたカップ麺の油の固まった液面に落下して溺死して、ぼくは、昨日の出来事を明日のように幻覚した。すなわち――着ている服を一枚いちまい脱ぎながら、ぼくにセックスを迫った彼女のことである。彼女は淫乱だった、だらしのない笑みをうかべ、ぼくの部屋に入ると必ずと言っていいほど服を脱いだ。何がなくても必ず裸になり、ぼくを誘惑した。
「騙されないぞ」
 呟くと、彼女はケタケタと笑いながら鏡の中に入っていく。彼女は鏡の世界の住人なのだ。あの鏡は、ぼくの実家の屋根裏に置かれていた祖母の使っていた年代物の化粧台だ。観音開きになっている扉を開けると、そこにくすんだ鏡があり、その中には、ファンタジーのように異世界へつながっていた。ぼくはそこで、リリスに会った。アダムの最初の妻だ。ぼくは望んでリリスを誘惑して、
「騙されないぞ」
 ぼくは玄関のドアを乱打して、執拗に新聞の購読を勧めてくる中年の男に向かって叫んだ。

    ガンガンガン!
        ガンガンガン!
            ガンガンガン!

 ドアは執拗に叩かれる。ぼくは耳を塞いで毛布をかぶる。食べかけのカップ麺が異臭を放っている。あんなものをぼくは食べていたのだと思うと、吐き気がぶり返してくる。小さな虫の浮いた油の浮いた液面は、地獄の生き写しだ。その鏡のようになった液面は、天井裏の化粧台と同じで異界に通じている。そう、そこではリリスがぼくの帰りを待っているのだ。

    ガンガンガン!
        ガンガンガン!
            ガンガンガン!

 ぼくは布団から起きあげると、カップ麺の容器を手にして玄関のドアを開けた。そこには誰もいない。アパートの共同通路とそこから望む町並みが見えるばかりで、ぼくはその頼りない夜景――外灯ばかりがポツポツとあり、それ以外には疎らに民家があるばかり――に向かって、カップ麺を放りすてた。肩で息をしながら、ぼくはそのまま家をでて、アパートをでて、夜の町を徘徊しだした。
 青春なのだ、と、青春であることを意識することで満足する自尊心が何よりも、ぼくは嫌いだ。それでも久しぶりに歩く外は気持ちがよかった。夏の気配のする生温かい風も部屋の中の充満して滞留した空気には比べるべくもない。足を使い、歩くことの揺れや乳酸が溜まっていくことへの心地良さは、期待はずれのマゾヒズムだ。

    ガンガンガン!
        ガンガンガン!
            ガンガンガン!

 頭の中で音がする。扉を叩く音がする。外出しても執拗にあの中年の男は、ぼくに新聞を購読することを強要する。中年の男から逃げいていると最中に道路脇の花壇に投げすてられたカップ麺を発見した。その空き容器の下には羽虫のようなものが蝟集しており、ぼくの視線に気づくと一斉に飛びあがった。
「ベールゼブブ!」
 ぼくは飛びあがった羽虫を指さして、そう叫んだ。その声は夜の静かな死んだような町にみょうな強拍をもって響きわたり、ぼくは、遠くに見えるアパートやマンションや、その明かりのついた窓が開き、何事かと顔をだした住人のぼくを見つけてあざ笑うのをリアルに知覚した。これは幻覚ではない。
 ぼくは、彼らの笑いから逃げるために力のかぎりをつくして走りだして、道順など関係なく、知らない道だろうと知っている道だろうと区別せず走りぬけた。そうすれば、地図にも載っていないような場所にでるんではないか、と、淡い期待を抱いて、それでも、たどり着いたのは町の外れにある倉庫街で、前にも同じような理由で来たことのある場所だった。
 ぼくは馴染みのある余りやって来ない場所にたどり着き、額にういた汗をぬぐって、倉庫と倉庫との間にある自販機の100円で500mlのコーラの缶を買って、地面に座りこんだ。昼間は、倉庫で荷降ろしをするアルバイトか労働者かがこんなふうに地面に座って休憩するのだろうか。
 ぼくはコーラのプルタブを引き、そのよく冷えた炭酸水を乾いてひりついた喉に流しこんだ。
 目眩のような感覚に襲われていると、携帯電話が心臓に悪い音で鳴りだして、それをポケットから取りだすと、画面に「リリス」と表示されていた。ぼくは通話ボタンを押すと、
「ねー」
 と甘ったるい声がして、
「いま、あなたの部屋の前なんだけど、中に入っていいかな。いいよね」
 と、それから、扉を開ける音がした。靴を脱ぐ音がした。ぼくは手にしているコーラの缶を口に近づけ、中身を少し飲みこんだ。
「待ってるね」という声を最後にして通話は終わった。ぼくはもう一度、コーラの缶を口に近づけ、中身を少し飲んだ。炭酸は舌のうえで弾けて、弾けて、弾けていくうちに甘ったるいだけの液体に劣化していく。

母と子


 道の端までいったところにある小さな廃屋は、ギャラリーを兼ねていて、そこに誘いこまれるように入ると、中の白い壁に十字の磔台がもたせてあり、一人の少女が掛けられていた。
 ぼくは、救わねば、と思い、その少女を壁にしばる荒縄を解きにかかり、いくら指に力をいれても綻びすらできず、鞄からペンケースを取り出すと、そこからカッターナイフを手にして少女を縛る縄を裂いた。勢いがあまって、カッターの刃は少女の皮膚にまで食いこんだ。赤い血が滴った。床にそれは黒い点々を残した。少女は表情を変えず、ぼくのことを見つめていた。死体なのかもしれない。そんなことを思ったところで、

    パチパチ

 と拍手がした。
 振り返ると、磔りつけにされた少女と同じ顔の少女が立っていて、儀礼的に手を叩いていた。
 その少女はぼくの傍までやってくると、ぼくの手にしているカッターナイフを奪い、それを目の前の磔りつけの少女に向かって突きだした。ちょうど下腹部のやわらかな部分を刺しこみ、皮でも剥くみたいに引きおろした。黄色い脂肪と血があふれ、裂けた腸からアンモニアの臭気のする排泄物がこぼれた。そのまま少女は、鞄の中身をあさるみたいに内蔵をこねくりまわし、一個の器官を取り出して、
「これは女の子の大事な場所」
 といって、その赤い筋肉でできた皮の中身をぼくに見せた。ぼくはその暗い虚を覗きこむと、自分がそのなかに引きこまれていくのを感じた。顔から目がこぼれ、舌が抜けて落ちていく。そのまま自分の身体が分解されながら、その小さな、少女のいう「女の子の大事な場所」にぼくは収められていった。
 鼓動を聞いた、どくり、どくり、と力強い鼓動が子守唄のように聞こえる。潮の音も聞こえる。安らかな、誰にも邪魔されない、誰にも傷つけられない。眠気に包みこまれ、ぼくはまぶたを閉じた。世界中に自分が広がっていく、そんな幸福感を覚えて、意識を手放した。
 次に目を覚ますと、ぼくは、ギャラリーの端にあった椅子に座っていた。眠りこんでいた。壁に目をやると、そこには少女の姿はなく、かわりに一枚の絵がかけてあった。赤ん坊を抱いた母親の絵だった。キリスト教的な聖母の姿ではなく、どこまでも優しい笑みをうかべた幸福におぼれている母親の姿だ。
 息をついた。
 あれは夢だったのだ、そうして、その夢の凄惨さは目の前の母子像から遠くかけはなれている。ぼくは椅子から立ちあがり、ギャラリーを出ようとした。
 受付のところに少女がいて、彼女は手持ち無沙汰にしていて、手のなかでカッターナイフを遊ばせていた。それは、ぼくの持っているカッターナイフによく似ていた。少女は、ぼくと目が合うと微笑をうかべた。ギャラリーにあった絵のなかで母親が浮かべるのとは、まったく逆の笑みだった。
 ぼくは薄気味悪いものを感じながら、ギャラリーをあとにした。
 帰り道の途中で鞄からペンケースを取り出し、中身を見ずにゴミ箱に捨てた。
プロフィール

sadistictorism

使用者:sadistictorism
 
 肥大化した自意識で糖尿病にかかっちまえ!

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