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アーモンド式

 
 アーモンド式の自殺が流行っている。
 それは劇薬を注射したアーモンドをチョコレートでコーティングして、食べることだった。甘み、香ばしさ、それから死。苦しくないと評判で、試す死にたがりは多いのだという。こっそりと囁かれる噂。だれもそれで自殺したひとを知らない。
 マリーとステラとは双子の姉妹、運命共同体、生まれたときから首輪でつながっている。マリーが死んでしまったらステラは生きていられず、ステラが死んだらマリーもあとを追う。そういう首輪で二人はつながっている。
 マリーはアーモンド式に興味があった。ステラは興味がなかった。物心がついたころから同じものが好きで、同じことをしていて、その鏡のような同じが好きだった。
 マリーはステラの口にアーモンドチョコレートを押しこみながら、キスをした。舌をつきいれて、ステラを強引に犯す。ステラが口のなかにはいったチョコレートを飲みこむまで唇を離さなかった。ステラは強引にチョコレートが喉をくだると、ムキになって、マリーの頬をはたいた。乾いた音。マリーの頬が赤く腫れる。ステラはそれを見て、自分の頬が痛くなったような気がした。
 ステラはある男に恋していた。それはマリーもそうなるべきだと思ったけれど、違った。マリーはその男のことがどうでもよかった。ステラは寂しかった、マリーは寂しかった。同じでなくなるのが、自分から離れていってしまうのが。
 マリーはアーモンド式に興味があって、そのことばかり考えていて、ステラはあの男が好きで、そのことばかり考えている。マリーは頬を押さえながら、アーモンド式の自殺について、あらためてステラに説明して、アーモンドチョコレートをもうひとつぶ口にふくんだ。ステラは口のなかに残った甘みとナッツの香ばしさを感じながら、マリーを見つめた。
 マリーはステラを抱き寄せて、もう一度くちびるを押しつけた。マリーの口のなかで咀嚼されたチョコレートが、粘着質になってステラの口のなかに入ってくる。二人はそれをお互いの口のなかで交換しながら、少しずつ飲みこんでいった。そうすると、ステラはマリーの手を握りしめながら、座りこんで、お互いに体重を預けながら目を閉じた。マリーの望んでいるゆるやかな、それを待った。
 マリーは小さな声で、ステラにありがとう、と言った。そのまま二人は眠った。目を覚ますことはないだろう、とステラは思った、けれど、ステラは次の日、目をさました。マリーも目をさました。
 マリーはきょとんとしているステラに、私とステラとは違うから、と微笑んだ。

バス停と少女

 
 屋根のあるバス停で、その待合のベンチに座りこんでいた。夏で、日差しが強い。舗装されていない土の道、その路肩に生えた背のたかい雑草、その陰が日につれて伸びていくのをじっと見ている。
 始めて見る景色だ。畑と田んぼの緑が、ずっと山の裾まで続いている。木造の家が点々としている、私の知っているアスファルトと似たような住宅とは違う。ときどき吹く風につぶした草の青臭さが染みているのも違う。
 私の知らない土地、バスを乗りついで、乗りついで、乗りついだ先。地図もない、携帯電話もない、時計もない。どの辺りに自分がいるのか、分からない。荷物は一日分の着替え、少しの現金、カロリーメイトが3箱、500mlの水のペットボトル。野たれ死んでも不思議はない。早まってる、と思う。その不安は、暑さと別の不安で塗りつぶされて、すぐに感じられなくなる。
 バス停の時刻表は、二時間おきに数字が書いてある。
「おや、」
 と声がした。顔をあげる。セーラー服を着た少女が立っている。
「あなた、だれ?」
 と聞かれる。私はぼんやりと本名を答える。
「そういうことじゃなかったんだけど。まあ、まあ。私は井村。それで、××さんは何をしているの?」
「じっとしてる」
「バス待ちってこと?」
「バスに乗ってここまで来たから、違うと思う」
「違うの? でも、私は××さんを始めて見るんだけど」
「だから、だと思う」
「えー」と井村という少女は怪訝な顔をして、はっと顔を青ざめる。感情がすぐに顔にでるようだ。何を想像したか、何となく分かる。
「べつに死にたいわけじゃなくて、」と私は先回りするように「どこか、なんだかすごくすごく遠くに行きたい、と思ってしまったわけでして」
「なるほど」
 井村は腕をくみ、うなずいて、
「なら、いいところがある」
「いいところ?」
「ついてきて」と井村は歩きだそうとする。その背中に私は、
「バスに乗って、学校に行くんじゃないの?」
「こんな時間から?」と井村は苦笑しながら答えて、自分の服を見回して「これは、ほら趣味ってやつさ。だから、気にしないで。ほら」
 うながされて、私は井村のあとについて歩きだす。彼女は皮の靴なのに軽やかに土の道を進んでいった。砂埃が、ふわふわと白いソックスに付着していく。道なりに進んだのは最初だけで、ふいに井村がこっちと薮に入っていく。いままで以上に濃い草の臭いに目眩のようなものを感じる。道のようで道でないような、井村が踏み固めた道は、やがて森のなかに取りこまれる。ひんやりとして、空気が湿っている。木もれ日があって、遠くで水の流れる音がしている。目の前に階段状になった石段が見える。井村はそれを登っていく。石段のうえには木目が剥きだしの鳥居が見えた。しめ縄がきれて、どこかに行っている。石段を登りきると、開けた場所にでた。社はなく、手水場もない。その中心で井村は、いつ手にしたのか木の枝を持って、何か模様を書きこんでいた。見たことのない文字、雰囲気は英語の筆記体みたいで、英語と違うのは文字が上から下にすべるように続いていること。
 井村は、
「ここに立って」
 と私に笑いかける。井村の書いた模様の中心を指さしている。
 子供のころのごっこ遊びみたいで、私は何だか笑いながら、井村のことばに従った。
「遠い世界へ!」と井村が言った。それが、手品師の合図みたいになって、目の前が真っ暗になった。よろめいて、掴むものを求めて手を伸ばすと、硬いものに当たった。それに体重をかけながら、何とか踏みとどまる。視界が戻った。見知った光景がある。駅前のロータリーだ。支えにしたのはバスの時刻表で、駅前広場の時計は、私が最初にバスに乗ったのと同じ時間を指している。
 夢なのか、どこまで夢なのか。正夢かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ともかくここでバスに乗る気はうせていて、ふらりと私はバス停から離れて、自分の家に帰ることにした。遠いところへ行きたい、と焦がれていたのが感じられなくなっている。やり遂げたあとの満足感がある。なら、もうどこかへ行く必要もない。
 嫌なことはあるし、不安もまだ解消されていないし、問題は山積みではあるけれど。

がらくた置き場

 
 見た目の美しい少女、暗く沈んだ顔で、それがいつさうに芸術めいた美しさをかもしております。その少女の手をしつかりと握り、歩いてゐるところでございます。
 このお屋敷には、地下室がございます。
 そこには様々なものが放置されておりました、といふのも、われらの主人は非常に飽きつぽい性質の方で、一つのことに一日二日集中されますと、まう二度とそれに見向きされないのでございます。
 この前はボトルシツプにご執心されまして、寝食わすれて緻密な作業に没頭されましたが、完成するか否か、その間際になつて精根つきはてお休みになられ、翌日になりますと、ただ乱暴に作りかけのボトルシツプを投げ捨てられたのでございます。
 小さな、それに無機物でございましたら地下室に適当に放りこんでおけばよいのでございますが、さうではないと大変処分に困るのでございます。主人が町歩きをしたとき、たまたま目に入つた飼犬や飼猫、もしくはもつと珍しい生き物などに執着されましたら、お金と地位にものを言わせて、簒奪といつていいやうに持ち帰つてくるのでございます。たうぜん、二三日すれば飽きて、しかもそれを頂戴してきたことすら忘れる始末。主人はなかなかの吝嗇家で、余分な食い扶持はよしとしませんから、愛玩動物はといつたものは知らずのうちに一匹いつぴき姿を見せなくなるのでございます。地下室とは便利なものでせう。
 いまちようど、私は少女の手を引きながら、地下室への階段を下つてゐるところでございます。地下への入り口で、少女は少し躊躇されましたが、私は大丈夫だと言い聞かせました。みんなここに行くのだよ、と、さういふ決まりなのだ、と。すると少女は諦めたやうな、幼さに似あわない諦観の微笑を浮かべました。
 この少女にだういふ訳があるのか、私の知るところではございません。主人が昨夜の商売筋の夜会から連れ帰つてきた少女でございます。主人の弁を借りれば、義憤に駆られたのだとか。夜会で何が通例になつておりますのか、私には想像できかねますが、かう少女の見事な均整の顔、珍しい色の髪や目、それから年不相応な蔭のある表情などを見ますと、自然とろくでもないことに考えがいつてしまいがちでございます。
 主人は例にもれず、明けた日の朝に、少女がなついた猫のやうに近づいてきますと、お前など知らない、と言つてのけて、ここには余分を養うやうな余裕はないのだ、と、少女に冷たく言い放つたのでございます。そのときの少女の表情は、おそらく私は忘れられないでせう。とはいえ、私の仕事がそれで変わるわけも加減されるわけもないのでございます。
 地下室の扉をひらき、少女をなかに入れると、扉を締めました。鍵をかけました。地下室には主人の飽きたものがすべてしまわれてゐるのでございます。
 例外などございません。

西日

 
 たたみ、灰皿、ふとん。汗と煙草との臭いが染みてゐる、体液の生臭さが残留してゐる。彼は朝に帰つていつた。日曜日。根つからの商売人の彼には、意味のある曜日ではないが、世間は一斉に休みで、外泊しても咎められるやうな日ではない。
 寝不足の目をこすりながら、ゆつくりとふとんから出て、窓をあけた。冬の冷たい風がふきこみ、こもつた空気が入れかわる。
 これから湯を浴びて、買い物を済ましたら、店にでる時間だらう。日曜の夜は客足は少ないが、仕事であることには変わりがない。めんだうだ、と思ふ。このまま寝てゐたい、と思ふ。彼からもらうお金で、それで十分に生活はできる。それは生活ができるといふだけで、彼がゐなくなつたらご破算。さうなる前に貯められるだけ、貯めないといけない。鏡の前にいき、顔を映す。目元にかすかな隈がある。肌に水気がある。それが、化粧で隠さないといけないほどの隈になつてしまふまで、一夜の遊びで肌がかさついてしまふやうになるまで、さう時間はかからない。
 上京してまう二年。それまでのあいだに色んなことがあつた。かういふ生活は予想していなかつた。でもこの処、これで安定してしまつてゐる。夜はたらき、昼に眠る。
 ふとんを窓辺に干して、灰皿を洗ふ。それから銭湯にいき、その帰りにお酒や摘みになるやうなものを買つた。家に戻るとふとんをたたんで、服を着がえる。化粧をする。窓の外は明るい、太陽は低い位置にある。あと少しで夕方、あつといふまに夜。お酒の臭いが喉からせりあがり、鼻腔をさわる。幻のアルコールの感触に眉をひそめて、家をでた。
 店まではバスを使ふ。帰りはタクシーを使ふか、お客といつしよに待合か。今日はどちらだらうか、日曜日だからタクシーで帰るかもしれない。それとも歩いて戻るのもいいかもしれない。途方に暮れてゐたころのやうに、真夜中に歩くのも好いかもしれない。
 バス停は、ちようどバスが来たところで、私は途中から駆け足になつて、バスに飛びのつた。
 揺れながら走るバスの窓をながれていく景色は、昨日と何も変らない。

ウエヌスの石像

 
 扨、ウエヌスの石像は生きているやうだ。虎男はさう思つた。
 大学の図書館の中庭にある石像で、虎男が好んで座る閲覧席からよく見えた。苔むしたやうな、元の石質が黒ずんだのにかかつた緑。乳房の質感、唇の質感。研究に行き詰まつて、ものを言わぬウエヌスの石像と目が合うと、ゾクリと尾てい骨に電撃が走つたやうな感じがする。
 虎男は医学を学んでゐた。
 友人に仕切りにリラダンの『未来のイヴ』を薦められ、読んだばかり。ウエヌスの石像は、エジソン博士のハダリーのやうだつた。あの空虚な石の詰まつたウエヌスに、虎男は、息をするための肺、肌を柔らかく温かくするための心臓を組みいれたいといふ衝動にかられる。それで、夜。虎男は図書館の中庭に忍びこむとウエヌスの石像を盗み出した。下宿に運びこんで、ほんたうの女のやうに布団のうえに寝かせた。
 ウエヌスの肌は冷たく、ドクダミの臭いが染みてゐた。
 虎男は、おそるおそるとノミを手にしてウエヌスの胸に一撃を加えた。完璧な恋人の胸は砕かれた。その内部は石が詰まつてゐる。虎男は、その石を全て肉に交換する計画を立てた。
 さうだから、虎男の下宿の押入はおびただしい数の人骨であふれ、邪宗の祠のやうになつた。ウエヌスは内臓と皮の継ぎ接ぎ、虎男が調薬した防腐剤で守られた。石像のときの魅力をそのままにウエヌスは、いまにも目を覚ましさうな気配で横になつてゐる。虎男は、眠つたままのウエヌスに何度も口づける。一向にウエヌスは目を覚まさない。
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使用者:sadistictorism
 
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