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 しのびこんだ夜の蔵はうすぐらく、灯にもちこんだ蝋燭の火はたよりない。夏の夜……窓もないような処は熱気が溜まりこみ、呼吸するたび身内を熱せられ、額にじわりと汗はうかび、手のひらは自然としめる。わけもない息苦しさ、期待ともちがう焦れに早足で奥にゆき、壁際に伏せる一人の女の前に立ちつくす。女はひとにあらず、かの女には翅がある。黒い縁取りの翅、黄色と緑との、水滴の垂れたような線をうちに引かれた翅をもつ。かの女は翅を蝶のようにぴたりと閉じて寝ている。その首は鎖につながれ、片端は地面にむすばれる。かの女は逃げることもできなければ飛ぶこともかなわず、ここに閉じこめられていた。
 かの女は一糸纏わぬ姿、随っと同じ処に束縛され、寝るも起きるも、食べるも排泄するも同じ処でくり返し、一変り身体は汚れ、ながくなめらかな黒髪も汗と脂、埃にまみれて赤茶けて、細工物のように整った顔は放擲られた人形のごとくあり、正視にたえぬ然様で、しかし、豊かな乳房と腫れたようなそれの先端と、うっすらと骨の浮かぶ胴体、すぼんだ臍と下腹部をかくす縮れた毛、わずかに食みだす下の唇のめくれた肉色、かの女の姿態はひとを惑わして、一夜として足を運ばすにはいられず。夢遊するように蔵にやって来、かの女の身体をながめる。手に触れることはできず、近づくこともできず、
「おい」
 とよびかけ、かの女を起こして、淫らな姿勢をとらせる。それ計りで満足がえられたのだ。若いというより私は幼く、概念として男女の情理は知りつつも実地にはどうしてよいか分からない時分、触れれば解けてしまう氷細工のように扱うしかできず、私の命じるままに姿勢をかえるかの女の無表情に何かしらの意味をみていた。かの女の仕草にあわせ鎖がなり、身をよじるたびに乳房が形をかえる。身を圧するようなこもった熱気も、必要な呼吸をもわすれて、かの女の裸体を目にやきつけた。そうこうするうちに寝ぼけた蝉が小さな悲鳴をあげる――かの女の息づかい、かの女の身じろぐたびにおこる音、それ以外に聞こえた音は寝耳にたらした水のように正気づけた。かの女の冷ややかな視線が、私の手で押さえている処に向けられているのをしり決まりが悪くなる、それを目的にやってきたというのに。逃げるように私は蔵をあとにした。自室にもどると、気づかれずに忍び寄っていた眠気にやられて、気づけば朝という体たらく。
 寝不足の重たいまぶたを擦りながら、布団をでると違和感に立ちどまる。家中が寂とし、ひとの気配がしない。日の昇りきる前の爽やかさがじょじょに払われ、廊下の板がだんだんと人肌に温まってゆくような頃、ひとを探して居間にゆくと伽藍としてい、目立つ処に書き置きがあり、急用にて留守を頼む、とあった。
 手伝いの人間の姿もなく、家族の姿もない。急用が何であるかを知るのは遠くない将来のことであったが、家に一人残されたことを、そのときの私は幸運とした。昼間は常にだれかがおり、だれかの視線があり、蔵で痴態にふけることはゆるされず、しかし、蝋燭ではない明るい光のしたにかの女の姿を晒して、細部のさいぶまで舐めるように賞玩したかった。その願いがかなうのだ、となれば息つくまもない、いつ家族が戻ってくるか分からない、早足どころか駆け足で着替えるのも億劫、寝巻きのまま――夜しのぶときも寝巻きなのだから恥じることはない、蔵に堂々と日中のうちに入り、奥にゆく。変わらずそこには翅の生えた女がいて私は、唖ァ、と喉肉が癒着したかのような呻きをあげて、立ちどまる。
 ちょうど、かの女が背にした壁の上方には明り取りがあり、夏の日差しをとりこんでいる。うるさく蝉の鳴いているのが、分厚い壁越しに染みこんで、雨が降っているかのように落ちつかせない。かの女は鎖につながれたまま、目の前に置かれた皿に手をのばしていた。そこには残りものの乾いた米に味噌汁をかけたという食事があり、かの女は笑顔でにこにことそれを手ですくい、口に運んでいた。口元を汚しながら食事をつづける姿の、何が気に入らなかったのか、私はかの女に身をよせ、食事のはいった皿を蹴っ飛ばした。かの女の顔が不快にそまり、私に嫌悪の視線をむける。私はかの女を地面に押し倒して、馬乗りになった。黒い翅が地面に押しひろげられて、かの女は標本にされた虫のようになり、私の身体の下で必死に手足を暴れさせたが、夏の暑さと一箇所から動けずにいたせいで、すぐにかの女の身体は汗ばみ、動きも緩慢になり、頬を赤くして私のことを凝っとにらみつける計り。
 夜ではない、昼だから私も汗をかく、体臭がただよう、股のしたにあるかの女の体温がじんわりと私のなかに忍びこんでくる、やわらかな感触に劣情を感じないわけがない。自然と手がかの女の乳房にのびて、それを強引につかんだ、すると、かの女は、きちきち、と動物ではない昆虫の鳴き声をあげた。
 きちきち
   きちきち
 耳の奥に入りこむような耳障りな音をふさごうと、私はかの女の口をふさいだ。それでも鳴き声はやまず、かえって大きな音になり頭を圧迫する。気を狂わせるような鳴き声に口を押さえていた手を下にずらして、首をおさえた。やわらかく、あたたかいそれに力を加えていくと、だんだんと鳴き声は小さくなり、やがて途絶えた。私をねめつけていた眼球が白目をむいて、珠の嵌まったようになる。
 かの女はぴくりとも動かない……

 その情景があったのは数えても十年ほど前のことであるのに、ひどく遠い昔のことのように思えるのは、あの日を境にして私の家は没落の一途をたどったせいだ。農地解放、奴隷解放とは私のような家柄から富をうばい、恵まれない生まれのものに分け与えることだからで、一変り私は貧乏になった、あれだけの屋敷をかかえることはできず、手放されて、遠い土地の粗末な家で、いまは生活している。
 あの翅のはえた女のことは忘れることはできないが、強いて常に私のなかにいたわけではない。忙しくしているあいだは忘却していたし、のちになって正体をさぐる余裕もまたなかった。結婚した計りであればなおのことである、妻の産んだ娘の背にかすかな異常を見つけるまでは、思いかえすこともなかった。
 
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某所での三語の書き直し。
「天才的な腕前」も「鰹節」も「限界に挑戦」も使用せず。
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sadistictorism

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 肥大化した自意識で糖尿病にかかっちまえ!

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