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バス停と少女

 
 屋根のあるバス停で、その待合のベンチに座りこんでいた。夏で、日差しが強い。舗装されていない土の道、その路肩に生えた背のたかい雑草、その陰が日につれて伸びていくのをじっと見ている。
 始めて見る景色だ。畑と田んぼの緑が、ずっと山の裾まで続いている。木造の家が点々としている、私の知っているアスファルトと似たような住宅とは違う。ときどき吹く風につぶした草の青臭さが染みているのも違う。
 私の知らない土地、バスを乗りついで、乗りついで、乗りついだ先。地図もない、携帯電話もない、時計もない。どの辺りに自分がいるのか、分からない。荷物は一日分の着替え、少しの現金、カロリーメイトが3箱、500mlの水のペットボトル。野たれ死んでも不思議はない。早まってる、と思う。その不安は、暑さと別の不安で塗りつぶされて、すぐに感じられなくなる。
 バス停の時刻表は、二時間おきに数字が書いてある。
「おや、」
 と声がした。顔をあげる。セーラー服を着た少女が立っている。
「あなた、だれ?」
 と聞かれる。私はぼんやりと本名を答える。
「そういうことじゃなかったんだけど。まあ、まあ。私は井村。それで、××さんは何をしているの?」
「じっとしてる」
「バス待ちってこと?」
「バスに乗ってここまで来たから、違うと思う」
「違うの? でも、私は××さんを始めて見るんだけど」
「だから、だと思う」
「えー」と井村という少女は怪訝な顔をして、はっと顔を青ざめる。感情がすぐに顔にでるようだ。何を想像したか、何となく分かる。
「べつに死にたいわけじゃなくて、」と私は先回りするように「どこか、なんだかすごくすごく遠くに行きたい、と思ってしまったわけでして」
「なるほど」
 井村は腕をくみ、うなずいて、
「なら、いいところがある」
「いいところ?」
「ついてきて」と井村は歩きだそうとする。その背中に私は、
「バスに乗って、学校に行くんじゃないの?」
「こんな時間から?」と井村は苦笑しながら答えて、自分の服を見回して「これは、ほら趣味ってやつさ。だから、気にしないで。ほら」
 うながされて、私は井村のあとについて歩きだす。彼女は皮の靴なのに軽やかに土の道を進んでいった。砂埃が、ふわふわと白いソックスに付着していく。道なりに進んだのは最初だけで、ふいに井村がこっちと薮に入っていく。いままで以上に濃い草の臭いに目眩のようなものを感じる。道のようで道でないような、井村が踏み固めた道は、やがて森のなかに取りこまれる。ひんやりとして、空気が湿っている。木もれ日があって、遠くで水の流れる音がしている。目の前に階段状になった石段が見える。井村はそれを登っていく。石段のうえには木目が剥きだしの鳥居が見えた。しめ縄がきれて、どこかに行っている。石段を登りきると、開けた場所にでた。社はなく、手水場もない。その中心で井村は、いつ手にしたのか木の枝を持って、何か模様を書きこんでいた。見たことのない文字、雰囲気は英語の筆記体みたいで、英語と違うのは文字が上から下にすべるように続いていること。
 井村は、
「ここに立って」
 と私に笑いかける。井村の書いた模様の中心を指さしている。
 子供のころのごっこ遊びみたいで、私は何だか笑いながら、井村のことばに従った。
「遠い世界へ!」と井村が言った。それが、手品師の合図みたいになって、目の前が真っ暗になった。よろめいて、掴むものを求めて手を伸ばすと、硬いものに当たった。それに体重をかけながら、何とか踏みとどまる。視界が戻った。見知った光景がある。駅前のロータリーだ。支えにしたのはバスの時刻表で、駅前広場の時計は、私が最初にバスに乗ったのと同じ時間を指している。
 夢なのか、どこまで夢なのか。正夢かもしれないし、そうじゃないかもしれない。ともかくここでバスに乗る気はうせていて、ふらりと私はバス停から離れて、自分の家に帰ることにした。遠いところへ行きたい、と焦がれていたのが感じられなくなっている。やり遂げたあとの満足感がある。なら、もうどこかへ行く必要もない。
 嫌なことはあるし、不安もまだ解消されていないし、問題は山積みではあるけれど。
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sadistictorism

使用者:sadistictorism
 
 肥大化した自意識で糖尿病にかかっちまえ!

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