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あままち





 夜、誘われるように家のそとにでた。
 六月の、ある夜のことである。
 部屋着に薄い上着を一枚はおって、サンダルをはいて、ちょっとそこまで、という軽い身形だ。夕暮れから降りだした雨はとぎれて、あたり一面がしめってアスファルトの異臭がただようなかを歩いているが、雨のあったせいで人気もない、車も通らない。部屋の布団のうえで、不貞寝していたのをフラリと飛びだしたから、時計も財布も持ち合わせていない。携帯電話も置いてきたままだ。空をみあげても、暗い雲が隙間なく重なって、星も月もみえない。一体、いま何時なのかもわからない。
 想像したよりも、その空気は涼としていないが、構わない、すこし歩けば気がちるだろう。
 そうして、あてどなく歩き、気がむいた路地にはいり、気のひく処で右に左と曲がっていく。何年もすんでいる町だから、知らない道というものはない。適当に歩いていても、帰れなくなるというような失敗はない。
 住宅地をぬけた。目の前に川原がある。この川を下っていけば海にでる。耳を澄ませば、波の音が聞こえるだろうか。夜釣りをしている人影がちらほらと川辺にみえる。さきまで雨が降っていたというのに精がでるものだ、とおもう。
 ポチャン、と川魚の跳ねるような音がする。
 横目に川沿いをすすんでいく。確か、このまま行けばコンビニに突き当たる。ポケットに手をいれて、小銭がないか確かめる。指のさきに熱をもった金属があたり、しめたと引きずり出してみれば、どこで拾ったのか分からないコインがてのひらに乗っている。
 何も買えない、とコンビニによる理由をなくし、来た道をかえす。だれかに全身を撫でまわされているようにサッパリせず、アイスか何か冷たいものを喉にながせば、気分がよくなるだろうと思ったのに、あてが外れた。そも、財布も持っていないのだから、落胆するのもおかしい、買う金がないのだから。
 靄がでてきた。外灯がそれを真上からてらして、白い塊がふわりふわりと生きているように動いている。靄のなかは真っ白な別世界なのだろうか、といつも思うのだが、いつだって靄に近づけばそれは何でもない空間がある計りで、服や髪の先が水気にぬれるだけだ。昔よんだ小説に雨の強い日に町で迷子になるという筋書きのものがあった。迷子になって、異世界に迷いこむという怪異譚だったが、私は間違いなくそれを現実の靄のなかに求めている。
 急にそとに出たくなったのも途切れずに聞こえていた雨音が、プツリとやんだからで、夜の町をそぞろ歩きする靄に出くわしたかったからだろう。そして、どこかこことは違う場所に。
 とおくの空を雷が明るく照らし、おくれて音が聞こえる。ポツリと雨粒が私の鼻先に落ちてくると幕の紐を切ったようにドと雨がおちてくる。雨粒というより水の塊が強く私の全身をうち、逃げるように駆けだした。
 目の前がかすむほどの豪雨に、胸の底が落ちつかなくなる。期待やら不安やら、汗を落としていく雨の冷たさや、水を吸って重い服の後ろに引かれるような感触とか、何もかもおりまぜて、一杯になりあふれ出して、なにやらよく分からずに叫んでいた。叫んだ言葉にもならない言葉は、雨音に掻き消され、私の頭蓋骨のなかを反響する分だけ聞こえる。
 雨は長く続かなかった。
 ちょうど止んだぐらいに、私はさっき飛びだした自分の部屋の前にまで来ていた。それが余りにピッタリだったから、私は一人で笑いながら、部屋に帰った。
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sadistictorism

使用者:sadistictorism
 
 肥大化した自意識で糖尿病にかかっちまえ!

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